眠り姫

 薄い皮膚越しに微かな音がまどろみのなかで鼓膜を揺らす。まるでそれ自体が生き物のように身体の内側で小さく跳ねる。頬を滑らせて視線を上にやると、闇を切り取る鼻梁は弓張月のように凛としている。これだけでいい。散乱したティッシュとぐちゃぐちゃのシーツのなかで、太一はそう思う。腕の中で互いを求め合ったとき、陽はまだ天高かった。どれくらい眠ったのだろう。少しだけ開いた窓の隙間が導くひんやりと冷たい夜風がレースのカーテンを揺らす。はらりと波打つその表面を恋人の肩越しに見つめる。刹那が永遠にと祈るようにそうっと息を呑む。静謐な眠りだけがあらゆる感情から彼を解放し、自己防衛のための痛々しい棘をしまった表情は死人のように穏やかで、これは太一だけのものだ。きれいで、格好いい。吸い寄せられるようにくちづけをすると、恋人は生き返る。あ。「起こしてんじゃねぇ」 祈ったばかりの永遠を自ら手放して、けれど薄く開かれた瞳に映る自分はこの瞬間を期待していたことを悟る。えへへ、すんません。昼間の熱を残した気怠げな腕に抱きすくめられる。あともう少し、と眠たげなのに強気な声はほとんど吐息で、太一のうなじをくすぐる。紺色の空を裂く稲妻に似た光を目の端に捕らえながら、瞼を落とす。あともう少し。明日になったらあの光を追いかけるから。


初出:2022/5/6(Twitterにて)