動く視界の端で青白い閃光を捉える。門が開いたのだろう。空を裂く異常なはずの音は、日常のものとなって久しい。今夜の防衛任務は誰だろうか。鋼たちだったら……いいや、その時はその時だ。大学が始まるまでの春休みは、想像よりずっと退屈だった。暇なのが良くないのかと個人ランク戦や防衛任務のシフトを詰め込んだ。鋼や空閑を店に呼びつけたりもした。けれどもいくら時間を潰しても、何故だろう、つまらないのだ。昼飯は美味く、空閑は手合わせのたびに強くなる。毎週読んでいる漫画は面白い。そもそも、ひとりの時間は嫌いではないはずなのに。誰の感情も刺さらないから。このクソ体質の煩わしさから解放されるから。誰の感情も。そうだ。あいつのも、だ。四六時中一緒にいた選抜試験は終わり、ときどきすれ違っていた学校は卒業した。ランク戦のオフシーズンに本部で見かけることはほぼない。おれの名を呼びながら駆け寄ってくる姿を思い出す。駆け寄るっつーか、ありゃほぼ突進だったよな。ぽつりと呟いて、気が付いた。会いたい。密やかに、されど強かに思った。今日の昼飯が美味かった。空閑が強くなった。読んだ漫画が面白かった。ゾエがまた太った。襟足が伸びて邪魔だけど切りに行くのが面倒だ。今夜はなんだか眠りたくない。そんな、くだらないことぜんぶ。話したい。会って話をしたい。気づけば飛び出していた。こんな夜更けに三門の街を駆ける。流れゆく景色は他人事みたいだ。チカチカ点滅する信号にも足はスピードを緩めない。馬鹿みたいに息を切らせて、辿り着いたのは鈴鳴支部だ。春先の夜風はまだ少し寒く、急に立ち止まった全身の汗を一気に冷やす。チャイムに右の人差し指が触れる。違う人が出るかもしれない。だってあいつはきっともう眠っている。けれども。なんでもいいや、早く会いたい。会って、そして。ピンポンと音を鳴らす。とたとた近づく足音に胸は高鳴り、呼吸を整える。のろく開く扉から放射状に光が漏れる。やはり寝起きなんだろう、目を擦りながら現れたそいつは、おれの姿を認めるとぱちくりと目を瞬かせた。おれは小さく深呼吸して、しばらく口にしていなかったその名を呼ぶ。「太一」。
初出:2021/11/20(Twitterにて)