感情送信

 カゲさんすきですおれのこときらいですか? 滑るように言葉が口をついて出た。あぁ、もっと落ち着いて言うはずだったのにな。強くて、怖くて近づき難い人だった。たったの一週間で世界はひっくり返った。カゲさん。カゲさん。うれしくってたくさん名前を呼んだ。あんだよ。伸びた手はおれの帽子のつばをくい、とさげる。感情を遮るように。面倒くさそうにしてるけど本当は照れてるだけだってことを、おれはもう知ってるよ。「逃げられちゃった」昼食後の間延びした空気の教室の窓際でいつのようにひさとと話す。「カゲさんが?」「うん」「何も言わずに?」「……うん」うあーーー。たまらず大声を出して帽子ごと頭を抱える。失敗したなぁ。半崎は手元のゲームから視線を外さず、びくとも反応しない。なんだよ、ちょっとは真剣に聞けよ、一世一代の恋なんだぞ。とっくに気づかれてたんじゃねえの。うぶぶ、とむくれていると、無表情のまま半崎の唇だけが動く。どういうこと? 「だから、サイドエフェクト」「?」「おまえ、あんだけ穴が空くほど見つめてて、カゲさんが気づかないわけないじゃん」あ。途端、つばを下げる仕草を思い出す。遮られた視線の先、いつもどんな表か情おしてた? 照れ隠し? いや、ただ単に迷惑だったのかも。目の奥に焼き付いた逃げた背中を思い出す。迷惑だったんだ。

 すきです。すきです。カゲさんのことが、すきです。伝えたいけど、もうとっくに前から伝わっちゃってるけど、迷惑だから、もう伝えちゃダメだ。もう、見つめることもできないのに、未練がましく今日も同じ場所に座っている。背中を向けた道路を挟んだ向かい側。あの暖簾の向こうに、いる。振り返っちゃだめだ。感情が届かないぎりぎりの場所で、だけど届けと願うだけ。後ろで大きくクラクションの音が鳴る。
 「たいち」
 ぶっきらぼうな、待ち焦がれたその声に思わず身体が跳ねるように立ち上がる。かげさん。夕陽に照らされて陰影が濃く浮かぶその顔はやっぱりかっこいい。ごめんなさい。でもすきなんです。メーワクですか? ごめんなさい。すきです。ああ、格好いいな。もうどれが声になって口から滑り出たのかわからない。駄目でもすきなんです。「カゲさん」伸びた手はおれの帽子のつばを持ち上げる。瞬間、もう一方の手で視界がふわりと閉ざされた。おでこに柔くあたった感触で、おれの視線はまた、いくらでも熱くなるよ。


初出:2021/10/20(Twitterにて)